金箔

 

金箔は室町時代からある技術だがそのすごさは1/10000mmまで金箔を薄くできることである

金箔をはさむ紙はがんび雁皮紙でその上に酸性のかきしぶ柿渋がぬってある

ガンビは山に自生する草で和紙の原料になる

山に育つ子はガンビの名前を自然に知るようになる→西日本で自生する

コウゾやミツマタ(草)を用いても和紙はできる

ガンビ紙は上品、最上の和紙である

最近、近所に和紙研究所ができて紙を作っているのを見ることができる

(写真撮影や自作の紙作品もできるようになっている)

真冬の冷たい水の中に入ってガンビをさらす作業は見ているだけでも過酷である

西洋紙に負けてほとんど作ってないが紙幣は和紙でできている

丈夫だからだ

昔は和紙で傘、唐傘や時には服も作って着ていたそうだ

油紙と竹でできた傘は小学生の時は皆用いた

昭和30年くらいまでこうもり傘は値段が高かった

こうもり傘の傘どろぼうがいたくらいだ→今は100円の折りたたみ傘がある、100円ショップ

障子、ふすま、ちょうちん等日用品に和紙を用いた

木と紙と竹で日本文化はできていたのだ

戦後10年くらいはそうだった

(竹を用いた話は後に残しておきます→竹取物語)

その技術がITの時代によみがえったのだ

銅を0.006mmの薄さのロール(巻き物)にするのだ

くっつかないように和紙の柿渋の働きをするのがチタニュムだそうだ

職人は金や銀や銅の箔を手にとって振るとその音から良し悪しを判断できると言う

まさに名人芸である

しかも折りたたみケイタイ用の90%のシェアーを持っているのだ(折りたたみ部分)

印刷サーキット盤でも銅箔が使われている(焼付けて用いるらしい)

試行錯誤で各時代のニーズに答えているとは10代続くこの会社の副社長のことばだった

蓄積した金箔のノウハウknowhowがあってできたと言うのだ

伝統は捨てたものでない

日露戦争の日本海海戦で東郷元帥がとったT字型戦法はその完璧な勝利で有名だがこれも伝統の応用だそうだ

船の周りをまわりながら攻撃する戦法から考えたものだ

瀬戸内海の水軍がする方法であった(小船だが)

ウラジストックに入らせないためにまわる戦法を考えて、次に半円で攻撃する戦法、最後にT字型で攻撃して港に入らせないようにするとした

旅順港から出た船に8000mからT字型に攻撃したが逃げられた

日本海海戦ではさらに近づいて7000mでT字型に舳先をおさえるように攻撃して大勝利となったのだ

T字型になるためにLターンした船の横腹みてロジェストベンスキー将軍はしめたと思ったそうだ

横一線になった艦隊からの一斉射撃は正確に先頭からロシア艦船を一隻づつ沈めた

ロシア艦隊はほぼ全滅で日本艦船の損害は水雷艇3隻だった

肉を切らせて骨を切る、戦法でもあった

これほど完全な勝利はこれまでの海戦ではなかった

バルチック艦隊の脅威がなくなって喜んだフインランドは独立してビールにトーゴと名づけた

単に伝統の応用だけでは役にたたないのはこれからもわかる

 

 

 

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