進学率
母子家庭の子供の高校卒業率は50%そこそこである
残りは中退してしまうか、高校へ進学していない
高校進学率が95%と言う時代には信じられない数字である
テレビ討論番組が表示した数字だ
厳密に統計的に調べたのでないにしてもかなりの正確さをもっていると思う
母子家庭の(平均)収入は18万円ほどである
これも正確に覚えているわけでもないが多くはないのは確かである
これで母と子供が2人〜5人生活しなければならない
予想として生活保護になって生活費を国からもらうようになるだろう
生活保護費なら20万円くらいは出るからだ
民生委員の世話になるか声をかけられるのはまちがいないだろう
小さい子供でも食費は一人前にかかる
育ち盛りは食欲が旺盛であるからだ
食べたり、着たりするのは何とかなるが住宅事情が悪い日本では住む所はいわゆる木賃アパートだと想像がつく
家賃が高いからだ
木賃アパートは安いが、寝る場所しかないだろう
子供が勉強する環境ではないのである
さらに母子家庭の子供にのしかかるのが進学費用である
一昔前では、生活保護を受けている子供は中卒が原則であった
高校に行くのがあたりまえとなった現在でも費用捻出はかなり負担になる
さらに高校に進んでもアルバイトをして自分の学費から、事情によっては家の生活費まで稼がなくてはならない
親が子供に働くのを期待するようになるのは当然だ
カネもうけを期待するのだ
最近では破産した家庭の子供も似たような状況となってきた
父親がいても収入がないか、少ないので子供は働いて自分の費用をまかなうのである
自分の食べていく生活費を稼いでいる高校生は相当の数にのぼるだろう
北海道大学の教授が母子家庭を回ってアンケート調査をしていたが、その子供の実態も調査してほしいものだ
一般の生徒とはかなり違う様相をていするだろう
母子家庭の高校卒業率が50%という数字は一般の家庭の子供とはかけ離れた姿だ
しかも有名大学をめざす生徒が塾や予備校に通っている姿とは完全に逆転した生活実態であろう
放送大学(通信制)の1回2単位は2万円である
実際はビデオテープを見てレポートを書くだけである
10回20単位をとるためには20万円がいる
学歴社会では放送大学や夜間大学を出ても大卒とは公務員を除いて認められていない→実質高卒
せめて通信制大学を無料にして広く大学の持つ知識を普及する熱意は全くないのだ
しかも大学院もあるのだ
実は、1回2単位だけ放送大学院でとった(たまたま分校ができたから)
知識の習得のみを目的にしている学生は昼間の大学より純粋な目的できているのだ
卒業しても特典はほとんどない
東京大学生の家庭は上流階級であるとかなり前からわかっている
さもなければ知的環境がある家庭の出身である→親の学歴が子に移る
単にガンバレでは解決できない差となっている
母子家庭は離婚した母が多い
その父母も離婚家庭が多いと北海道大学教授の聞き取り調査からわかった
生徒の進学率が世代を通して固定しているのである
階層、さらに階級が固定してくる傾向になった
国会では世襲議員が多い、も階層固定化の現象である
一世代で国会議員になるのがむつかしくなったのだ
父母の家庭環境と子の環境が同じになった
さらに学校の週休2日制度では、そこそこ勉強すればそこそこの出世ができるという考えができなくなった
私立学校の生徒の学力と公立学校の生徒では、差がはっきりしたのである
有名大学への進学は公立高校ではムリは、東京(圏)では知られている
公立学校ではゆとり教育という父母にはわからないコトがおこなわれている→週休2日制
学力の向上が目的ではなくなっているのだ
学校を勉強以外の目的に使用する勢力がいる
エチオピアの高地の山の上の村では干ばつにもかかわらず人口が増えていると紹介していた
自給自足が徹底していてあらゆるモノが生活に利用されている
日本の江戸時代や戦中の生活と同じである
さらに人間の死体は畑に埋めて、家畜と違う人間の尊厳を示すのは木の墓標が立っているだけだ
自然から生まれたので自然にかえる、だけでなく次の人間=子供のために役立つのである
結婚は子供のためにするのだ
子供のためにしんぼうする、離婚しない、は生活の知恵だった
離婚をすすめる世相だがその結果の子供の実態は言わない
子供は発言できないからだ
発言できないものは無視される
さらに弱者虐待で学校が襲われて生徒や先生まで殺された
とうもろこしと木の葉(栄養がある)で団子にした食べ物を自分の子供だけでなくそこにいる子供に食べさせている
こどもはお腹がふくれたら満足している
こんな光景は一昔前の日本でも普通にあった
手を洗ったらその水は家畜に食べさせる
そこにあるモノは生きのびるのに徹底して利用するのである
生きることが人間存在であると教えられた
世界から学ぶことは多い
階層固定化は社会不安のモトとなる、は古典的社会科学の理論から明らかだ
助け合って生きる社会は理想なのだろうか
資本主義が徹底すればカネがないものはドウショウもないのだ
あきらめだけでは解決にはならない