やせる食べ物
特別はガジェツである
ウコンの仲間で奄美大島でとれる
芋で輪がついたサトイモというかんじである
これを機械で切って、乾燥させて、粉にする
その粉を湯、水、ジュース、ヨーグルトなど、お好みのモノに溶かして飲む
粉のまま、なめると生姜ショウガを食べているようだ、とのレポードであった
香りがすごいのである
以下は
1位:ゴーヤ油である
2位:エゴマ油
3位:凍こうり豆腐(凍しみ豆腐、こちらでは高野豆腐と言う)
4位:さめ油
5位:羊肉
スパスパ人間学という番組の最終回を見た
4年間続いていたのだが、見たことがなかった
やせる番組で言っていることがほんとうなら、とっくに日本人の肥満の悩みはなくなっていると思う
しかしもうかった人が登場して番組に感謝したのだ
まず、ニュージーランドの大使が登場して、羊肉輸出が10億円から15億円に増えたと言った
スパスパニンゲンガクありがとうと言っていた
(ニュージーランドの森ではない)
次にサメ油やエゴマ油をぐい飲みにする人が出た
その後ゴーヤ油では町長が登場した
倒産しそうになったゴーヤ工場が立ち直ったのは番組のおかげだと言った
さらに従業員が、番組の途中から電話が鳴りっぱなしで、売れ残ったモノもなくなった
さらにベトナムから輸入したのでベトナムのゴーヤ油はなくなっただろうと言う
ボーナスが出たのは、番組のおかげだと言った
凍み豆腐は東北で作っているのだがその町の名前がつく電話はどこでも、関係ない所までもかかってきた
すごかったそうだ
今年は11月まで凍み豆腐はないそうだ
高野豆腐は高野山のような寒い所でお坊さんが肉の代りに豆腐や高野豆腐として食べる
凍み豆腐は関東の言い方である
高野豆腐は豆腐を冬の寒い時の晩に外に出すと中の水分が凍る
そのままにしておくと昼間の暖かさで水分が出て乾燥する
今で言うフリーズドライである
アンデスのインデイオがジャガイモをこのようにして乾燥して長持ちさせている→チューニョ
それを水や湯に浸せば(もどせば)もとのように大きくなる
高野豆腐でも同じだ
先祖が江戸時代に高野豆腐でもうけたおかげで家や山や田畑を買った
(その前の先祖は坊さんだったそうだ)
そのおかげで恩恵が今でも残っているのだ→分家=新宅と言う
(明治にはやめていたらしい→本家=本屋と呼ぶ)
山奥で気温が信州(東北)並みに寒いのだ
山向こうの村と一緒に、戦後まで高野豆腐の産地であった
江戸時代でも市場主義だったのだ
封建時代だったがある程度の経済の自由があった
♪本間さまにはかなえはせぬが、せめてなりたや殿様に♪
と秋田では言われたそうだ
豪商がいたのだ
明治になってその子孫が会社経営にのりだして成功している者もいる→三越、住友、三井など
4年間に5kg太った
ダイエットを考えたが成功しなかった
運動をしたらよいだろう、やせるだろうと散歩をはじめたら、これは続いている
まわりの環境が散歩によいからである
それにしてもやせるは、何んでもすさまじい反響があるとわかった
もうかるのは、毛生え薬(できればの話し)とやせる薬(できなければ食品)である
やせる食品は薬と違って食べても害はないだろう
やせようとわらをもすがりたい人には、番組中に電話するのだ
こうなったら、特別なガジェツを買って食べようか
薬や食べ物でやせるとは思わなかったが、5kg増えては背に腹はかえられぬ
ウエストまわりからすると肥満である→洋ナシ形
昔のズボンがはけないのだ
昔は洋服屋が言うY体、一番やせ型だった
奄美大島のガジェツ生産者は笑いが止まらないであろう
今夜の夕食はお寺の精進料理のような野菜中心のものが並んだ
ダイエット食である
昔の日本食、和食のようである
海のモノと山のモノをたべるようにすすめたのは、窓際のとっとちゃんの先生であった→黒柳徹子氏著
バランスの良い食べ物が一番よいのである
和食を食べていた老人はさらに平均寿命が延びようとしている
若者はぜいたくをして不健康になった→肉食
寿命が短くなりそうだ