避難所
地震の時に非難する所である
一時的はともかく、2〜3日以上になると学校(体育館、教室)になるだろう
これは、旧満州の(避)難民の時から同じである
学校は公立である
私立の学校に避難したのはあまり聞かない
公民館など公立の施設にも、阪神大震災の時は行った
あまりの人数が多くて、あらゆる公立の施設が使われた
しかも、非難生活は、仮設住宅ができはじめる1ヶ月から半年にもわたった
神戸では学校の中で暮らしていた生徒はいったん外に出て、みんなと一緒になってまた同じ学校に帰ってきて授業を受けた
スマトラ沖で余震マグニチュード8.7が起こった
幸いにも津波はなかったが、大勢の人がパニックになって非難した
写真で見るとモスクである
人々はその国で受け入れられる所を本能的とも言うべき感覚で探しあてる
モスクは宗教上から、しかも大部分の国民がイスラム教徒であるから来たら拒否しないと思われる
インドネシアでは実質上の非難所はモスクである
日本の学校でもスマトラのモスクでも避難民を受けいれる準備(品)はない
それでも人々はいくのである
欧米人が日本の学校は町村の中心に位置していると言う
町の中心は、欧米では教会、でスマトラではモスクになるだろう
人々の生活はこれを中心にしている
だから宗教が重要な位置をしめている
単に精神的なものでないのだ
それからすると、日本の中心は(小、中)学校で、人々の生活もこれを中心にまわっている
家を買うときに、子供があれば(小)学校の位置を考える
生徒は歩いて小学校に通うのである
だからそれが適度の距離にあって、しかもその道が安全であればなおよいのである
都心に高層マンションが建って、その便利さから(高齢化かも?)人気である
しかし昔の街中の学校の評判のよさにひかれて決める人もいる
学校選択の自由が言われ、学級崩壊から学校の安全が求められている
子供に目が届く、昔から評判の良い学校を選ぶのが良い、となる
一時期、子供が大きくなると大きな家(のスペース)を求めて郊外に新築した
さらに周辺の町や村に新興住宅ができて、開発業者には学校を作る(又敷地確保)が義務付けられた
周辺の学校では教室が足らなくてプレハブ教室をつくってしのだのだ
都心の学校は生徒の数が減り廃校になった
永田小学校が廃校になりそうで、生徒が父母とともにが陳情に文部省のなかに入って新聞の記事になった
都心の学校の父兄はビルの管理(人)など、昔の子供の家が商店とは職業が大きく違ってきた
廃校となった街中の神戸の小学校は流行の商店が入って商売をしている
なかにはその学校を卒業した人もいて自分が学んだ教室にいるのだ
更地さらちになって商業ビルになったモノが多いだろうと思うがーー
阪神の学校ではあまりに多い避難民だったので組織化がされた
学級の生徒を組織化するようにその役割の名札を胸に書いた
先生の学校の(団体)運営の経験がいきたのだ
震災の日から先生方は学校に泊り込んで寝ずに奮闘ふんとうした
先生方は避難民の対処の経験も義務もなかった
しかし実質上の、一番下の現場で(避)難民の集団をほっておけなかったのだ
ただ働く場が学校だったという理由だけだ
私立の施設に避難した人が1ヶ月したら出てくれと言われたのと対照的である
塾を再開したいという理由であった
家をなくして、そこにいた人々は行く宛あてもなく困っていたのが印象に残っている→テレビ放映
学校で何の用意もない所に多勢の人々が生活する、しかも長期間になるといろいろ問題がおこってきた
便所である
運動場に穴をほって仮便所を作った
持ち運べる簡易便所が登場したのはだいぶ日にちがたってからだ
余震の恐怖から寒い体育館で石油ストーブを使わなかったので、風邪などで病気になる人が出た
老人は抵抗力がないので次々に死んでいった
その体育館もはじめは死体安置所になっていた
火葬場がいっぱいで順番がこなかったのだ
周辺の自治体が協力して死体を焼き始めて解決した
死んでも人間はモノ扱いにはできないのだ
すべてのコトが一度に学校と先生方の努力にかかったのだ
学校は、文字通りの生命線であった
もしこれがヨーロッパであればどうなるだろうか
教会が学校経営にあたっている所が多いので避難民は教会やその付属の学校に集まるだろう
イスラム諸国ではモスクになるだろう
牧師や修道女が避難民の世話をするようになるのが予想される
戦争以外に大規模の災害がヨーロッパに起こったのは少ないのかもしれないがーー
温暖化で洪水や寒波がおこっているらしいが日本にくらべたら少ないのではないか
日本では台風、地震、火事(木造家屋のため)など災害のタネはつきない
中越地震では阪神大震災の教訓がいかされたと言われる
ボランテイアの活躍、姉妹都市からの救援物質、災害派遣の消防や警察の援助、さらに募金などずいぶんよくなっている
しかし避難所が学校や体育館であるのは変わらない
温泉旅館が多いのでそれを利用するのもあったが、限られた人数であった
南海地震や東南海地震が予想される
が、和歌山県の学校で避難民用の用意は100人分の毛布と200日分の食料であった
これではたりない
学校が避難所になったら阪神の二の舞が予想される
日本では学校、外国では教会やモスクが国民のいざと言うときのよりどころである
しかも心のよりどころでにもなっている
そこは安心できる場所であるからだ
学校(教会、モスク)を実質上の避難所に指定すべきである
しかも教会やモスクは天国に近いのである
避難民は死に最も近い存在である