日本最初の高速道路

 

地元で馬車道と呼ばれている道である

今では銀の馬車道として宣伝されようとしている

フランス人技師レオンシスレイが明治9年、1876年完成させた

道路幅は6mで水田より60cm高くした

構造はローマ以来の伝統で3層にしきつめられていた

荒石の上に小石、その上に玉砂利をつき固めていた

アスファルトがないだけで今の道路構造とほとんどかわらない

当時のヨーロッパの道路工事の最新技術をそのまま持ち込んだ

整備には88300円(今の353500万円)で作られ、生野銀山と飾磨港を結ぶ馬車専用の道だった

銀鉱石を積んた馬車が行き来していた

御者ぎょしゃは歩いて馬を誘導した

港には飾磨津物揚場しかまつものあげば、がありレンガ作りの倉庫が今でも存在する(別会社所有)

銀山にもフランス人の技術者が来て中には日本人を妻とした者もいた

フランスに帰国したが、子孫が日本に帰った

他に、子供もできて戦中にシンガポールに現れたらしい(詳しくは生野銀山物語)

銀を取り出す技術は所長の盛明を中心としてフランス人技師指導のもとで明治4年から行なわれた

当時としては世界屈指の最新式設備であった

政府の力のいれようがわかる

今も明治のフランス人宿舎が移転されて明延鉱山にある

修理が必要であるくらい荒れているのはおしい

神戸にあれば異人館としてもてはやさるであろう

生野に再移築いちくすべきである

馬車道の延長である明延までの線路に鉄製の鋳物いものでできた鋳鉄橋ちゅうてつばしがある

エッフェル塔を横にして短くしたような橋はフランス式で美しい橋は一見の価値がある

明延鉱山も廃止になり鉄路もなくなり今では田んぼの中にポツンとあるのが道路から見える

近所の住民の誇りであるのもうなずける

生野出身の画家がパリで写生しているとフランス人が来て、イクノを知っているかとたずねた

自分はイクノ出身であるというと抱きついてきた

フランス人の技術者達は帰国後もイクノを思ってなつかしんでいたと言う

下流にある橋は生野橋と呼ばれこの完成式をもって道路は出来上がった

大川を渡るのは当時では大工事だった

川東の旧馬車道をはばむ崖がけはトンネルがないので、今でも車は生野橋を通って迂回うかいしなければならない

明治281895年に鉄道ができて馬車道は廃止された

利用は20年間だった

国営の生野銀山はその後他の鉱石を産出したが数年前に廃坑となりいまでは観光のために坑内を見せている

島根の石見銀山とあわせて江戸時代には銀は日本の重要輸出品であった

その工場は今は三菱マテリアルとなりITチップを作っている

この馬車道を観光に生かせないかと流域の町村が長年考えてきた

ハイキングツア、サイクリングコース、途中の柳田国男の生家など説明版をたててルート全体を自然博物館にする予定である

(県民局企画調整部)

つい最近まで住民はなぜ馬車道といわれているのかわからなかったほどだ

(自分が説明するとなるほどと言った)

細い道がつづいているが車は曲がりやすいゆるやかなカーブになっている

馬車が走りやすいように考慮されている

日本の道は人が歩くためにできていた

ヨーロッパ式に馬車や車が走る道は明治までなかったのだ

銀の馬車道は日本最初の車(馬車)用の道であるのを誇りに思ってよい

高速道路が全国にはりめぐらせるようになるとは当時想像もできなかった

それにしても道路公団の民営化は遅れているのはどうしたことか

サービスエリアではコロッケ一個150円もするのだ

06/3/14)産経

兵庫県は旧道の発掘調査を計画している

旧道の軌跡はわかっているが、往時の面影を残している所はない

現在の道路交通に差し支えない34箇所でトレンチ調査を行い、当時の工法を確認する

国が明治6年から9年にかけ、大川沿いに整備した馬車専用の道路である

外国人技師を招き、マクアダム式と呼ばれる当時の最新式工法を導入して、既存の街道を日本最初の産業専用道路に改修した

全長50キロで平均幅員は5.4mである

マクアダム式は、粗石、小石、の順に層を作って路面に玉砂利を敷き詰め、周囲より道路面を高くする工法である

旧道のカーブや架橋などをできるだけ直線にして高速化をはかり、日本経済の近代化を支える大動脈として機能したが、鉄道の開通とともにその役割を終えた

将来は、生野橋を渡らずに、崖がけにトンネルを掘って、河東の旧馬車道を直進させるようにするべきである

川西の南北の道路は、馬車道と合流して、ラッシュには、渋滞が続くからだ

最新式のトンネル掘削機(青函トンネルなどを掘った)でもってすれば、そうむつかしい工事ではない

完成以来、130年たった今でも旧馬車道は、生野橋で大きくカーブして、崖を迂回うかいしている

ヨーロッパから学んだ道路建設の技術を見せる時だと思う

フランス人技師レオンシスレイも喜ぶと思う

それにしても、馬車道は通りやすいので、多くの自動車が、道の狭さにもかかわらず、利用している

馬車が走りやすい道路は、車も走りやすいのである

ローマ以来の伝統ある西洋の道は、優れている

道はローマに通じている

日本人でローマの道を研究している人の本を呼んだが、その規模の大きさに感激した→ほぼ西ヨーロッパ中と地中海沿岸国

まだ日本の道は完成していないと思う

06/3/20

県立大学の学生に関連の歴史遺産を調べてもらい、活用策を提言してもらう

活用策のひとつにウオーキングが考えられる

05年度から案内標識の設置などで、1500万円を予算案にした

生野の峠の下の神河町では、馬車道だった舗装道路を歩き、周辺の街道を眺める探訪会を始めた

座学は、近くの農村公園、ヨーデルの森で行われた

生野の郷土史家が建設の経緯を説明した

町が史跡に指定して、世に出してほしいと言った

3箇所で発掘調査が行われる

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